p.4 [2]の訳

 齋藤左衛門の尉助康が丹波国へ下向したときのことである。狩をしていて日が暮れてしまい,古い堂があって夜を明かそうと入りかけると,その辺りの詳しい事情を知る者が,「その堂には人を襲ってとり殺す妖怪が住みついているので,用心もなく気安くお泊まりになるのはいかがなものか」と言う。「何ということもない」と言って,泊まった。雪が降り風が吹いて,聞いていた通り,辺りが何とも名指しがたいような気味の悪い感じで,正面の部屋の柱によりかかっていると,庭の方から得体の知れないものが先を急ぐように来る気配がしたので,障子の破れ目からすばやくのぞいて見ると,雪が降って一面真っ白の庭に堂の軒につかえるほどの法師が黒々と立っているのが見えた。けれどもはっきりとは見えない。まもなく,障子の破れ目から毛むじゃらの細腕がのびてきて,助康の顔をなでおろした。そのとき,(助康が)さっと座り直したので,(相手は)腕を引っ込めた。その後障子の端に寄って,(助康は)身体を丸めて寝ていると,また,さっきのように手を入れてなでるので,その手を(助康は)むんずとつかまえた。(相手は)手を取られて引き戻そうとしたが,(助康は)もともと力のすぐれている者なので,強くつかまえて離さない。しばらくの間押したり返したり,負けまいと張り合っていたが,障子を引き外して母屋の外側に出た。障子をはさんで相手を下敷きにした。軒と等しい大きさに見えたのだが,障子の下敷きになるとやたらに小さい。手も細くなったので,いよいよ勢いに乗って押さえつけていると,か細い声を出してキキキキキィと泣いた。使用人を呼んで,火を打たせて明かりをつけてみると,古狸であった。明日村人たちに見せるからと,使用人にあずけたのだが,使用人は,どうしようもないことに焼いて食ってしまった。次の日起きて尋ねると,頭だけを残していたのだった。しかたなくその頭を村人に見せた。この後は,この堂にて,人が捕まえられて食われることはなくなったということだ。
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