p.9 [2]の訳

 今となっては,昔のことであるが,中国に,荘子という人がいた。家がたいへん貧しくて,今日の食べ物がなくなってしまった。隣に監河侯という人がいた。その人の所へ(行って)今日食べるための粟を恵んでほしいと言った。河侯が言うには「もう五日たってからおいでください。千両の金が入るはずです。それをさしあげましょう。どうして(あなたのような)尊い人に,今日召しあがるだけの粟をさしあげられましょうか。(そんなことをしたら)全く私の恥になります」と言うので,荘子が答えて「昨日道を通っていたら,うしろから呼びかける声がした。ふり返ったがだれもいない。ただ車の輪の跡のくぼんだ所にたまっている少しの水に,鮒が一匹ばたばたしている。どうした鮒だろうと思って,そばに行ってみると,少しばかりの水に,とても大きな鮒がいる。『どうした鮒か』と聞くと,鮒が言うには,『私は河伯神の使いで,江湖へ行くのである。それが飛びそこなって,この溝に落ち込んだのである。喉がかわいて死にそうである。私を助けてほしいと思って,呼んだのである』と言う。(そこで私が)答えて言ったのは,『私はあと二三日したら,江湖という所に遊びに行くことになっている。(だからその時ついでに)そこに持っていって放してやろう』と言ったら,魚の言うには『とてもそれまで待てないだろう。ぜひ今日水入れ一つの水で,喉を潤してくれ』と言ったので,そのようにして助けてやった。鮒の言ったことは,わが身が体験してわかった。とても今日の命は物を食べなかったら,生きられない。あと(になって)の千両の金など何の役にも立たない」と言った。それから「後の千金」という言葉が評判になった。
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