p.14 [1]の訳

 あるとき紀貫之が夜中に和泉の国を通っていたが,乗っていた馬が釘付けになり,進むことも退くこともできなくなった。道を行く人が,「この場所にいらっしゃいます神様のしわざです」と申し上げたので,貫之はすぐ馬を下り,「いったい何の神とおっしゃるのですか」と問うと,その人は「蟻通しの神です」と言うので,貫之は
「雨雲が幾重にも重なった夜中なので,星があるなんて思わなかったし,蟻通の神がいるなんて,思いもしませんでした」
と詠んだので,貫之の馬はたちまち起き上がりふだんよりも勝った足の速い良馬となったのだった。
この蟻通し明神は和泉の国に鎮座していたが,宮の前を人が通るときには馬から下りることを求め,守らないものに対しては厳しいとがめだてをすることで有名だった。
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