p.20 [1]の訳

 三条中納言某卿は人なみはずれた大食だった。そのためにたいそう肥え太って,夏などになると大儀そうになさっていた。六月の頃,医師を呼んで,「このように体が苦しいのを,どのように治療したらよかろうか」などと言って,食事する様子も詳しく話したので,医師は(もっともらしく)うなずいて言ったことには,「いかにも(おっしゃる通り)この御肥満は,そのせいでありましょう。良薬もいろいろありますが,まず朝夕召し上がる御飯を,いつもより少しお控えなさいまして,この頃は暑いときでもありますので,水づけにした飯をときどき召し上がって,空腹を満たすようになさいませ」と治療法を述べたので,(三条中納言は)「なるほどそのようにしてみよう」と言い,(それで)医者は帰った。
 さて(数日たって)ある時,水飯を食う様子を見せようと言って,さきの医師をまた呼んだので,(医師は)やって来た。まず銀の鉢の,直径五十センチほどあるのに,水飯をうず高く盛って,同じ銀製のさじをさして,(それを)若い侍が一人重そうに持って来て前に置いた。もう一人が鮎の酢づけを,五,六十ほど尾頭を圧して平らにして,それも銀の鉢に盛って置いた。「何ともたいへんな分量だな,自分にもごちそうする食物だろうか」と医師が思っているうちに,また若い侍が一人,台の上に大きな銀の器を二つ置いて,中納言の前に置く。この二つの器に水飯を入れて,酢づけをそのまま(中納言の)前に押しやると,(中納言は)この水飯を(さじで)二かきばかり口の中へかき入れて,酢づけを一つ,二つずついっしょにして一口で食ってしまった。このようにすることを七,八回もくり返すと鉢にあった水飯も鮎の酢づけもすっかり空になってしまった。医師はこれを見て,「いくら水飯でもこのように召し上がりなさったのでは」とだけ言って,すぐに(中納言の邸から)逃げ出してしまったとかいうことである。
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