p.21 [2]の訳

 白河院の御治世のとき,宮中の九重の搭の飾りの金物を牛の皮で作ったということが,世間のうわさになって,その修繕をした人,定綱朝臣は処罰されるだろうといわれていた。院は仏師の何とかという人を呼んで,
「はっきりと本当か嘘か見とどけて,ありのままに報告せよ」
とおっしゃったので,仏師は承知して搭に昇ったのであるが,中程から降りてきて,涙を流して顔色を変えて,
「我が身が無事であるからこそ,ご主人にお仕え申せるのです。(昇っている途中で)恐ろしくなって,(たとえ昇っても)本当か偽物か見分けることができそうにありません」
と,言い終わらないで震えていた。
 君は,それをお聞きになって,お笑いになられて,格別のご処置もなく,ことは済んでしまった。
 当時の人は,たいへんおろかなことだとこの話について言っていたのであるが,顕隆卿はそれを聞いて,
「その仏師は,きっと神仏の加護があるだろう。定綱朝臣が処罰されるようにする(自分の)罪を悟って,自分が馬鹿になった,これは一通りではない心遣いだ」
といって,おほめになった。
 全く,(この仏師は)長い間,院にお仕え申しあげて何ごともなかったのである。
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