p.32 [1]の訳

 (藤原)三代の栄華もわずか一睡の夢と過ぎ,(今は廃墟と化した)大門の跡は一里ほど手前に残っている。秀衡の(館の)跡は田や野原となってしまって,金鶏山ばかりが(昔の)姿をとどめている。まず高館にのぼると,(視界に飛び込んでくる)北上川は,南部地方から流れて来る大河である。衣川は和泉が城をとりまくように流れ,(この)高館の下で北上川に合流している。泰衡等の(いた屋敷の)古い跡は,衣が関を前に置いて,南部方面からの入口をしっかりと固め,蝦夷(の侵入)を防いだものと見てとれる。それにしても,えりすぐった忠義の武士たちが,(この高館に)たてこもり,功名をたてたが,それも一時のことで,その跡はただの草むらとなってしまった。「国は荒廃しても山河だけは昔に変らず残り,廃墟となった城にも春がくると,草木だけは昔通りに青々としている」と(いう杜甫の詩を思い出して),笠を横に置いて腰をおろし,時のたつのも忘れて,(懐旧の)涙を流したことだった。
「今はただ夏草だけが茫々と生い茂るばかりだが,ここは,かつて義経主従や藤原一族の者たちが功名・栄華を夢見たところである。すべてが一睡の夢と過ぎてしまった」
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