p.33 [2]の訳

 福井は三里ばかりなので,夕食後に出掛けたのであるが,夕暮れの中,道は容易に進まない。この地に等裁という俗世を離れて静かな暮らしをしている隠者がいる。いつの年であったか,江戸に来て私の家を訪ねてきたことがある。はるか十年以上も前のことである。どれくらい老い衰えていることか,それとも死んでしまったろうかと,人に聞いてみると,まだ元気でどこそこに(住んでいる)と教えてくれた。町中のひっそりと引っ込んだところで,粗末な家に夕顔やへちまが絡んで,鶏頭や箒木が生い茂って入り口の戸を隠している。ここに違いないと思って門を叩くと,みすぼらしい女が出てきて,どちらから来たお坊さんでしょう。主人はこの近くのどこどこというところに参っております。ご用があるならそちらへお尋ねください」と言う。等裁の妻であると知れた。昔物語でこんな情趣があったなあと思いながら,その場所を訪ねて再会し,二晩泊まったあと,名月は敦賀の港で見ようと旅立った。等裁もともに送って行こうと,裾を面白い格好にからげて,道案内をしましょうと浮かれた様子だった。
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