p.36 [1]の訳

 天皇のお出ましを待つ間,人々が集まっていていろいろな話をしていると,少将の内侍が坪庭の楓の木を見やって,「この楓に今年まっ先に紅葉した葉が今は散り失せてしまったわ」と言ったのを,頭の中将が聞いて,「それはどの方角の枝にございましたのでしょうか」と,梢を見上げたので,人々も皆注意して見ると,蔵人永継がその場ですぐに,「西の枝でございましょう」と申し上げたのを,右の中将実忠が,この言葉に感動して,「この頃は,これくらいのことも気転をきかせてさっと言い出す人がめったにいないのに,すばらしいことですね」と言って,ため息をつくと,人々は皆おもしろがって,みんな感嘆したことであった。まったくさっと言い出したのも,また,聞いて心にとめたのも大変勝っていらっしゃいます。古今和歌集に, 「同じ木の枝であるのに特に西の方の木の葉が早く紅葉するのは,西こそ秋のはじめだからである」 とございますのを,思いついて言ったのであろう。
戻る

富士教育