p.4 [2]の訳

 今は昔,醍醐天皇の御代に,参議(宰相)三善清行という人がいた。その当時,中納言紀長谷雄は文章得業生であったが,清行宰相とささいなことで口論になった。清行宰相が長谷雄に対し,「無学の博士など古今を通じて聞いたこともない。思うにおぬしが初めだろう」と言った。長谷雄はこれを聞いて,一言も言い返さなかった。
 これを聞いた人は,「あれほどすぐれた学者である長谷雄を,あのように言ったとは,清行宰相は言語に絶する人物なのだ」と言ってほめたたえた。まして,長谷雄が言い返しもできなかったのだから,それが当然のことと思ったのだろうか。
 またその頃,孝言という大外記がいた。大変すぐれた学者であった。これがかの口論のいきさつを聞いて,「竜同士のかみ合いは,たとえ一方がかみ倒されたとしても,弱いわけではない。(というのは,)他の獣は竜のそばには寄りつけもしないからだ」と言った。これは,長谷雄が清行宰相にこそあのように言われもしようが,他の学者は足元にも及ばない,という意味なのだろう。これを聞いた人は,「まさにその通りだ」と言った。それゆえ,長谷雄は本当にすぐれた博士ではあるが,やはり,清行宰相には劣っていたのだろう。
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